小川彩佳 my words to YOU!

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ボイスサンプル
身長
168cm
出身地
東京都
出身校
青山学院高等部→青山学院大学
入社年月日
2007年4月1日
星座
魚座

番組バナー

報道ステーション『彩り日和』小川彩佳

2014/8/28    こどもの世界

「報道ステーション」HPブログ『彩り日和』より転載

報道ステーション『彩り日和』小川彩佳

今日、家から最寄駅までの道すがら、
建物と建物の間に窮屈そうに植えられた
二階部分の途中あたりまで伸びた木を
ぽけーっと見上げている6歳くらいの男の子に遭遇。
白いTシャツに短パンに、坊主頭。
都会の一角に、ザ・昭和の夏休み。
「ねぇ、何してるの?」
思わず、声をかけてしまいました。

男の子は間髪を入れず、嬉しそうに教えてくれます。
「セミ!」
「セミ?」
「うん、おっきいセミがいるの。」

大きな蝉を見つけて、眺めていたそう。
確かに、一緒に見上げて耳を澄ますと、
1週間という地上での僅かな生涯を謳歌するように、
高らかに鳴き声を響かせています。

「え、どこどこ?」
「そこ!」
「どこ?どのへん?」
「そこー」
「2本目の枝?」
「違う、もっと上。」
「上?」
「うん、上のほうのはしっこにいるの。」

まったく見つからない…。
指をさす男の子と、必死に目で追う私。

「ごめん、どこだろ全然分かんない。」
「…あっ!」
「おっ?」
「……いなくなっちゃった……」
「……」
「……」

気まずい静寂の中、ふたり何気なく目を合わせると、
「ばいばい。」
結局、蝉を見つけることができなかった私に、
憐みとも取れる何ともいえない表情を浮かべて
手を振ってくる男の子に、
「ばいばい。」
ぎこちなく手を振りかえして、お別れしました。

彼と同じくらいの年齢だったら、見つけられたのかな。
子どものころには見えていたものが、
大人になったら見えなくなっていた。
あげたらきりがないくらい、そういったものって
いっぱいありますよね。
それこそ、動物たちや虫たちには、
どこか心を通わせいたのではないかと思うくらい、
何の先入観もなく触れることができていたような気がします。

あの男の子と同じくらいの歳の時、大好きだったな。
ミミズ。
初めてミミズを見たときのこと、まだ覚えてる。
「レースみたいなきれいな模様だなぁ。天使の落しものかなぁ」と、
それはそれは興奮して触りまくって指が痒くなってびっくりしたんだった…。
男の子と蝉を探していたら、そんなことを思い出しました。

そんな中、観てきた展覧会があります。

「ゴー・ビトゥイーンズ展 こどもを通して見る世界」。
Go between.=行き来する。ということ。
「ゴー・ビトゥイーンズ」というのは、
英語が不自由な両親の代わりに様々な用事をこなす子どもたちをさすものとして
ニューヨークの移民を取材した写真家の方が創った言葉だそう。
文化の間、現実と想像の世界の間など、
様々な境界を行き来する「媒介者」として子どもたちを捉え、
現代の子どもたちを取り巻く問題や、子どもの本質的な創造性など、
様々な角度から「子ども」を切り取るアートを集めた展覧会なんです。

これはそのうちのひとつ、
山本高之さんの「東京、どんなじごくにいくのかな」という作品なんですが、
子どもたちがいろんな「地獄」を想像して、段ボールやセロファンで具現化し、
それをプレゼンする、というもの。

「好きなひとのことばかり考えてる人が行く地獄。
ペラペラになってアイスクリームのトッピングになって鬼に食べられ続ける」とか、

「寝てばっかりいる人が行く地獄。
上から伸びてくる手にずっとこちょこちょをされ続ける」とか…。
思い当たる節があるものもいっぱいありドキッとしましたが(笑)、
なんとも可愛らしくて、笑みがこぼれます。

リネカ・ダイクストラさんの作品は、パブロ・ピカソの「泣く女」を見て
子どもたちが何で彼女は泣いているのかを口々に議論するという映像。

「彼女は幽霊でたった今それに気づいた」「手に持っているティッシュのようなものはラブレター」…
予想だにしない方向に、イマジネーションは膨らんでいきます。
子どもって本当に、どこまでも転がっていく想像力と発想を持っていますよね。

一方で子どもたちは、
時代や環境に翻弄される中で、思いもよらぬ大人の顔や孤独を抱えていることもあって。
展示されていた写真や映像作品の数々に捉えられた子どもたちの瞳の奥の表情に
なんどもハッとさせられます。
それを無邪気に乗り越えようとする姿に、果てしない子どもの世界を再確認し、
同時に大人の責任についても考えさせられる展覧会でした。

昔は自由に行き来していたのに、
扉の前に本やらガラクタやらがどんどん積み上がって中に入れない、
それどころか存在すら忘れてしまっている「開かずの部屋」。
そんなスペースが、きっと心の中にはたくさんあるんでしょうね。
年齢を重ねれば重ねるほど人生経験は増えるけど、
それだけで大人は子どもより豊かで偉いなんて、言えないんだろうな。

いつか自分に子どもができたら、親子でありながら
ひとりの人間として対等に尊重して学びあう、
そんな関係であれたらいいな、なんて感じました。
そうすれば積み上げてあるものがちょっとずつ片付いて、
埃まみれの扉が開いて、
いつかミミズもまた綺麗だなぁと感じられるかも。
あの昭和な男の子が嬉しそうに眺めていたセミも
すぐにいっしょに見つけられるようになるかもしれませんね。

「報道ステーション」HPブログ『彩り日和』より転載

報道ステーション『彩り日和』小川彩佳

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