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Vol.76 「バレンタイン」(2009/02/23)

「今年は作ってみる?」

バレンタインが迫るさなか、妹からの提案だった。
彼女は料理上手だが、お菓子は未経験。
恥ずかしながら、私は料理から修業の身。
初めての手作りも、二人なら安心だ。
とは言え、クッキーやマフィンは、かなりの応用編となる。
安全を重んじ、板チョコを溶かして固め直すだけのチョコレートクランチにした。
これならオーブンを使わないし、まず失敗はないだろう。

早速、材料を調達する。
平日というのに、売場は女性でごった返す。
胡桃、アーモンド、松の実…。
レシピにあった「お好みのナッツ」を選ぼうも、広義な優しさが却って難しい。
大きなハートの型を前に
今後の用途を考えあぐねていると、「お姉ちゃん、お姉ちゃん」。
「とんかつ用のバットなら、うちにあるよ?」
バットにチョコを流し入れ、冷やし固めた後に包丁で切るという算段。
「ナッツも、朝ごはん用にシリアルがあったから…」
「じゃあさ、ココアパウダーは粉末ココアにする?」
節約レシピさながらの代案に盛り上がり、
結局は近所のスーパーで板チョコだけを沢山買い込んだ。

キッチンに立ち、いざ。板チョコをパキパキ折って、湯煎で溶かす。
至極シンプルな工程にすっかり気を良くした私は、
「ねえ、生クリーム入れたら美味しそうじゃない?」
「お、いいねえ」
立ち込めた甘い匂いに、すっかり酔う二人。

「お、おねえちゃん」
「?」
「お、重い…」
「!!!!!」

見ると、絹のように滑らかだったチョコレートが、一転して凝固していた。
かき混ぜていた木べらが、鍋から一向に抜けない。
バットに流し入れるなど到底出来ず、もはや泥だんごのような風体。
もったり、ぼったり。手のひらで思い切り押し伸ばしても、固まったまま伸びない。
「こんな時のために…」妹が差し出した、美しい小箱。
「中を開けるまでは、一応、それなりに見えるかと…」


めいっぱいのラッピング

如何せん、レシピには忠実に。
生クリームは、コクだ。


(「日刊ゲンダイ 週末版」2月23日発刊)
   
 
 
    
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