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Vol.68 「書生気質」(2008/09/01)

商店街の一角にある、小さなフランス家庭料理店。
学生時代の友人との再会。
持ち込んだのはワイン3本と、9年前のあのころばなし。

当時は就職氷河期と言われていた。だが、どんな時代であれ、
学生たちはいつだって真剣だ。
ある企業での一次面接は、外資系でないのにまさかの英語面接。
隣に座った帰国子女の流暢な自己紹介の後、友人が発した言葉は、
「アイアム…ヤマトダマシイ!」
「せめて“アイハブ”でしょ」と即座に突っ込むが、
「でも、祐子の履歴書も強烈だったよ」
はて、何を書いただろうか。
「趣味・特技の欄に一言だけ、“暮らし”…」
「それ、みんなだよ!」今度は自分で突っ込んだ。


当時の履歴書は、カラーコピーしてとってあります
写真は、初秋の新宿御苑にて

大和魂を持つ友人は、高校時代のある日、
通学途中の車窓からふと眺めた海の広さに愕然とした。
世界はなんて大きく、およそ自分は小さい。
降車後、即座に104経由でアメリカ大使館に電話をかけ、
「海を越えるには、どうすればいいでしょうか?」
もちろん、日本語で。
その前に、まず英語を勉強しなさいと諭され、進学を決意したという。
「見えていたのは、そもそも太平洋ではなく東京湾だったしね」
「まずは東京の学校に行きなさい、と」
「その前に、代々木の予備校に通いなさい、と」
 
かつてのあれこれを引っ張り出しては、手振り交じりに笑いあう。
「単純だね」「無計画だね」「臆面もなく、よく言えたよね」
それはどこか、クローゼットの整理に似ている。
眠らせた洋服たちは、今や到底着られないシロモノばかりだが、
なぜか捨てられない。
とうに冷めた珈琲にミルクを入れ、甘酸っぱい杏のタルトをほおばった。

日付が変わる前に店を出て、シャッターの閉まったアーケードをゆらゆら歩く。
丸く膨らんだ業務用のごみ袋が、両脇に連なっている。
「電車、まだあったかな?」
捨てずに取っておきたいことは、まだあるような気がする。


(「日刊ゲンダイ 週末版」9月1日発刊)
   
 
 
    
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