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Vol.44 「中学受験」(2007/01/15)

コンビニのレジ横に、さくらんぼ味のチョコレートが並んでいました。
満開の桜のパッケージに、「きっと、サクラサクよ」

かつて、中学受験を経験しました。
お弁当を二つ持って(昼/夜)冬季講習に通ったり、
湯島天神に、学業成就の鉛筆を買いに行ったり。

遠い昔を思い出しながら―今回のコラムです。



最近は、受験者増に拍車がかかっているようで…

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初売りの紙袋がまばらな山手線。
大きなかばんを肩から提げて、やにわに小学生たちがわらわらと乗ってきた。
「最後の問題の答えってさ、何になった?」
どうやら、塾のテスト帰りらしい。小さな輪になって、熱心に答えあわせをしている。
2月初旬は、私立中学の受験日。
受験を志す小学生たちにとって、お正月は追い込みの時期だ。
かつて、自分も同じ経験をしたため、
懐かしい反面「新年ぐらいはコタツでごろごろしたいだろうに…」などとお節介ながらも思ってしまう。

「えー、そんな問題も解けなかったの?」
一人の男の子の表情が、みるみる曇っていった。
巻かれたウールのマフラーに、消しゴムのくずがぽんぽん跳ねている。
何度も書いては消し、書いては消したのだろう。

あぁ、そういえば…。
私も似たような思いをしたことがある。
16年前の、小学6年生の時。
算数がひどく苦手で、中でも、文章題は致命的だった。

【問題】
太郎君は、午前8時に毎分60mで歩いて家から学校へ向かいました。
寝坊した次郎君は、15分後に毎分150mの自転車で家を出ました。
次郎君は、太郎君を途中で追い越し、太郎君より9分早く学校へ着きました。
次郎君が太郎君に追いついたのは何時何分でしょう?


“道のり=速さ×時間”いう公式を覚えれば、解けないことはない。
だが、その前に、次郎君のことがどうしても頭を離れなかった。
どうして、寝坊したのだろう。前の日にゲームをやりすぎたのかな。
ともあれ、学校には間に合って良かった。
逆に、追い越された太郎君はどんな気持ちだったかしら。
そもそも、どちらがお兄ちゃんなのだろう…。
問われている本題にたどり着く前に、問題文から色々な想像を巡らせていた。

物語がひとりでに歩き出す頃には、決まって黒板に数字がびっしりと並んでいた。
「もう一回、公式を当てはめてみようか」
取り残されている私を先生は決して怒らなかったが、
いつも少し悲しそうな顔をしていた。
マルが欲しい。合格したい。
でも、次郎君のことが、どうしても気になってしまう。

ふっと我に返ったら、電車は降りる駅に着いていた。
さっきの男の子も、もういない。
ホームの風が、首にぴゅうと噛み付いた。

(「日刊ゲンダイ 週末版」1月15日発刊)
   
 
 
    
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