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Vol.42 「妹」(2006/11/27)

私には、2歳年下の妹がいます。
彼女が上京してから、2年が経ちました。

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「帰りはタクシーで送るからさ。一緒に、ポップコーン食べない?」
平日、夜10時からの映画に妹を誘った。
連日残業に追われていることは分かっていたが、
半ば強引に、待ち合わせ場所を知らせた。
「了解」
妹からのメールには、そうとだけ記してあった。
尖った風が吹きつける六本木ヒルズ。
平日とあって、人もまばらだ。
上映時刻の直前に、彼女はやってきた。
がらがらの劇場内で、隣り合わせに座る。
ポップコーンを探す手と手が重なると、相変わらず細い指をしていた。
エンドロールが流れ終わって、無言で席を立つ。
「ご飯でも食べてく?」
「私、家でご飯炊いてあるから」
「じゃあ、何かおかずでも買う?」
24時間営業のスーパーを、カートを押しながらぐるぐる回った。
「お姉ちゃん、これ買っていい?」
妹が手に取ったのは、鮮魚コーナーのウニだった。
30%引きではあるが、豪華な箱入りのウニ。
一瞬怯んだが、平静を装った。
「袋は、別々にして下さい」
レジで買い物袋を分けてもらって、
彼女のウニと私の菓子パンがそれぞれ詰められる。
そのまま向かった隣のカフェでは、早くもクリスマスの装いだった。
「お姉ちゃん、まだコーヒー飲めないの?」
「苦いの、だめなんだよね」
彼女は、いつからエスプレッソを飲むようになったのだろうか。
「今日、無理矢理誘って悪かったね」
「うん」
「仕事、大丈夫?」
「うん、何とか」
週末に、私は結婚式を控えていた。
その前に、どうしても妹と二人で会って話がしたかった。
でも結局、映画の話どころか、今後の話もせずじまいだった。
「じゃあね」
あっさりタクシーに乗って、私たちは別れた。
「ウニ、おいしかったよ」
例によってシンプルなメールが、翌日送られてきた。

数日後。
式を終えた夜中に、友人から電話がかかってきた。
「あのね、私、祐子に伝えたいことがあって」
「うん」
「妹さんがね…片付けが終わって、私たち幹事に
『今日は姉の為にありがとうございました』って言ってくれた後に…
大声で泣いちゃったんだよね。
『お姉ちゃんのあんな嬉しそうな顔見たことない』って…」

あの日。
二人で映画を観て、夜中のスーパーで買い物をした。
「お姉ちゃん、ウニ買っていい?」
あの時の、ちょっと甘えた声。
ずっと甘えてきたのは、私の方だった。



(「日刊ゲンダイ 週末版」11月27日発刊)
   
 
 
    
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