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Vol.29 「お煮しめの味」 (2006/01/14)

「お正月は、お父ちゃん、お母ちゃんのところかい?」
2006年1月4日。
放送初日のスタジオで、コメンテーターの大谷昭宏さんがおっしゃいました。
「はい!」
嬉々として答えた私に、同じくコメンテーターの勝谷誠彦さんが笑って一言。
「いい加減、親離れしなさいよ!」
「…はい」
27歳の独身女性は、せめて、はにかみながら答えるべきだったのかもしれません。

自宅の冷蔵庫には、母が帰り際に持たせてくれたおせち料理が入っています。
保存容器に詰められたお煮しめをお皿に移しながら、
年末実家に帰った時、玄関を開けるとすぐに煮物の匂いに包まれたことを思い出しました。

お煮しめを、自分で作ってみよう。
そう思ったのは、親離れを意識してというより、あの味が忘れられなかったからです。
実家では、見向きもしなかったのに。
帰る時も「荷物が多くなるから」と、持って帰ることを渋ったのに。
今この部屋で一人味わう冷えきった野菜は、すごく美味しい。

…と言っても肝心の作り方が分からずに、そそくさと母にメールを送る始末。
スーパーへ買出しに向かう途中、歩きながらふと考えました。
台所に立つ母の姿は鮮明に覚えているのですが、隣に立った記憶はあまりありません。
中学の時には塾通い。
高校は寮に入ったため、それ以来、両親とは離れて暮らしています。

母からの返信メールには、材料と作り方が詳しく記されていました。
金時人参、レンコン、ごぼう、里芋、タケノコ、干し椎茸、こんにゃく、きぬさや…。
遠隔指示の通りに、野菜売り場を行ったり来たり。

「手綱こんにゃくにしないと、味が染みないよ」
「人参は、梅の型抜でね」
家に帰ってからも、ワンポイントアドバイス付きのメールが次々と送られて来ます。
ただ、小さな片手鍋しか持っていない私にとって、母の助言は超応用編。
たまり兼ねて、とうとう受話器に手をかけてしまいました。
「お母さん、私…」
母は全てを察知したかのように、受話器の向こうで笑ってこう言いました。
「今度帰って来る時は、エプロンを忘れず持って来なさい」
次回、二人で台所に立つ時までには。
お煮しめだけでなく、黒豆もふっくら炊いてみせたいな。

 
(「日刊ゲンダイ」1月14日発刊)
   
 
 
    
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