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「ベーグル屋さん」 (2011/12/17)
去年の冬。
家からほど近い坂の下に、とびきりおいしいベーグル屋さんを見つけた。
らせん階段のある小さな店で、妖精のようなお姉さんが切り盛りしている。
連日通っていたら、いつしかお互いに話をするようになった。
ショーケースには、ベーグルたちがひしめきあう。
プレーン、セサミ、シナモンレーズン。
学級会の生徒たちみたいに、名前を呼ばれるのを待っている。
震災が起きてから。
町から、明かりがにわかに消えた。
報道局から、昼夜の時間軸が消えた。
特番で出社する夕方に、ベーグルを買いに行く。
お姉さんは、少し元気がなかった。しばらくの間、店を閉めるという。
再訪したのは、しばらく経ってからだった。
いつも通りの、穏やかでやさしいお姉さん。
「わたしにはこれしかできなくて」
トーストされたベーグルを手に、申し訳なさそうにおじぎをする。
坂の途中、焼きたての紙袋を抱えながら考える。
では、わたしは?
起きていることを、伝えているけれど。
得てして、言葉たちは、現実に置いて行かれる。
震災が起きてから。
いつも通りの生活を、取り戻したいと願う。
平穏でいて、別れの連続でありながら、新しい日々。
ベーグルはまだ、温かかった。
いつも通り、とびきりおいしかった。
今年が、もうすぐ暮れていく。
(12月17日配信)
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