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Vol.56 『ソラニン』 (2010/7/14)


金曜日の夕方。
討論番組の収録が終わって、いつものように車輛口へと向かう。
ゲストの政治家を乗せた、磨かれた車を見送った。

隣に立っていた上司が、ふいに言う。

「村上って、まだ31歳だったんだ」

番組内で、田原総一朗さんに問われた時のことだ。
各党の論客が激論を交わす。マニフェスト、消費増税、政治と金。
「ねえ、聞いていて、どう?」
「31歳の自分の生活と重ねてみて…」恐る恐る切り出した。

「まだというか、もう31歳ですよ」
曖昧に笑うと、上司が重ねた。

「そうかぁ、ロストジェネレイションかぁ」

ロストジェネレイション。
バブル崩壊後の経済停滞期に少年期を過ごした、1970〜1986年生まれの団塊ジュニア世代。終身雇用体系が崩れ始めた就職氷河期に、世の中に出た。

かつて、朝日新聞が「さまよう世代」と題し、特集を組んでいた。
ひきこもり、ニート。呪文を唱えるように、専門家が分析する。

モラトリアム。
法案の話ではない。
社会的な義務や責任を課せられないでいる、猶予期間。
ちょうど、20代前半のころ。

最小不幸社会。
政策の話でもない。
戦争も、安保闘争も、バブルも知らない。
そんな世代が憂える、不幸とは。

今だって、何かを掴んだとは言い切れないけれど。
掴もうと手を伸ばしていた頃を、鮮烈に思い出した。
零れ落ちたものたちが、このフィルムには刻まれている。






OL2年目で仕事に嫌気がさし、自由を求めて会社を辞めた芽衣子。
音楽への夢を諦めきれず、フリーターをしながらバンド活動を続ける種田。
大学の軽音サークルで知り合った彼らは、付き合って6年になる。

二人の暮らす、多摩川沿いの小さなアパート。
実家から段ボールで送られてくる野菜とか、
まだ薄型ではないテレビとか、
散りばめられた生活の断片が、過ぎし日の輪郭を滲ませる。



夢と現実の狭間。
自分探し。

今となっては、脳内Googleで弾かれてしまいそうな言葉。
溢れる自意識に、彼らは懊悩する。
預金の残高や、漠然たる未来から、目を背けながら。

私に何ができますか。
私は何がしたいのですか。
社会は何を求めていますか。
社会は私を求めていますか。

所在なくぶら下がっている、青いバナナのような問いかけを。
もぎ取って、むしゃむしゃ食べて、お腹を壊して。
でも、掴みたいのは、それじゃない。



ロストジェネレイション。
映画の原作者も、主題歌を担当したバンドのメンバーも、同じ世代だ。
だが、もはや時代のせいに出来るほど、私たちは純粋でも無知でもない。

スタジオで語られた、政治家の淀みない言葉を思い出す。
もう一度、自分の生活に重ねてみる。

株価も内閣支持率も、日々変動し、
そう言えば、今夏はすいかが少し高値で、
駆け込んだ終バスに揺られながら、明日のパンを切らしていたことに気づく。

失われたものは、何か。

まだ、
もう、
31歳だ。


♪作品データ♪
『ソラニン』
監督: 三木孝浩
原作: 浅野いにお(小学館 ヤングサンデーコミックス刊)
出演: 宮崎あおい、高良健吾 他

配給: アスミック・エース/2010/日本
※ 9月3日(金)DVD発売
公式サイト
http://solanin-movie.jp/
   
 
 
    
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