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Vol.54 1月21日 『(500)日のサマー』


© 2009Twentieth Century Fox

冒頭から、ゴツンと断られる。

「これは、ラブストーリーではない」

淡々と語られるナレーション。
そして最後には、「…クソ女め!」という衝撃的な台詞。
未練、たらたら?
恨み、つらつら?

そう、これは100%男性目線の物語。
でも待って!
男の人も、女の人も。
まぶたの奥で、きゅっと、何かが繋がるはず。

 


トムは落ち込んでいた。サマーとうまくいかなくなってしまったからだ。
悪友たちは「女なんていくらでもいるさ」と言うが、
そんな決まり文句はトムには通じない。なぜならサマーは、
彼にとって“運命の恋人”のはずだったから。
どうしてこうなったのか。
トムの想いは、サマーと出会ってからの500日を行ったり来たりする。

 


(1日目)
グリーティングカード会社に勤めるトムは、ボスに新しいアシスタントを紹介される。
青い瞳のサマー。
トムは一目で恋に落ちた。

(408日目)
「アパートの屋上でパーティを開くから、来ない?」
サマーに招かれ、ヨリを戻すチャンスと信じたトム。
彼女がグラスを持つ左手の薬指には、ダイヤの指輪が光っていた。

(4日目)
エレベーターに乗り合わせた二人。
トムのヘッドフォンから漏れる音を聴き、サマーが微笑みかけた。
「私も、ザ・スミスが好き」

(109日目)
サマーが初めて自分の部屋にトムを招き入れる。
二人の間を隔てる壁が、一気に低くなった気がした。

(28日目)
会社のカラオケパーティの席で、同僚がサマーに質問をする。
「彼氏はいるの?」
答えはノーだった。
「恋人なんて欲しくない。誰かの所有物になるなんて理解できないわ」



なで肩、細身。見るからにロマンチストのトム。
そんな彼が、まるごと勘違いをする日々…なのか。

思えば、若いころに多かった気がする。
好きな音楽や映画など、
自分の「お気に入り」は、“ここぞ”という時の為にしまっておく。
皆が口を揃えて褒めちぎる作品なんて、まっぴら。
「分かる人には分かる」―この、今となっては小恥ずかしい、
溢れんばかりの自意識だけを頼りにして。
“ここぞ”という時は、いつか?もちろん、いいな、と思う人が現れた時だ。
その相手に、自分の「お気に入り」を恐る恐る切り出してみて、
分ち合えた時の喜びたるや…。ああ、あなたも!!
「分かる人には分かる」なんて、偉そうに虚勢を張ってごめんなさい。
分かってくれる人を夢見ていたのです、実は。

トムの場合、向こうからジャブを繰り出してきたのだから、もう大変。
「私も、ザ・スミスが好き♡」
あの瞳でささやかれたら、強固な意地もプライドも、
たちまち甘くホイップされてしまう。

やはり、トムの勘違いなのか。
どちらかと言えば、その傾向にあることは否めない。
ああ、でも、分かる。分かってしまう。
両手で顔を覆いたくなるような、
でも、指の隙間からちょっとだけ覗いてしまうような、そんな気持ち。



変わって、現実主義のサマー。
彼女ははたして、どこまでも相手を振り回す小悪魔なのか。

映画館の場面がある
『卒業』を観ている二人。結婚式で花嫁を略奪する有名なラストシーン。
バスに乗って逃げる恋人たちから笑顔が消えていくのを見て、
サマーは泣いていた。
おろおろするトム。彼女がなぜ、そこまで泣くのかが分からない。
「ね、落ち着いて。だって、映画の話じゃないか」
サマーが見せた弱さに、トムは気付いていない。

もどかしい気持ちになりながら。
ふと、寺山修司の詩歌が重なった。


「汽車」

ぼくの詩のなかを
いつも汽車がはしってゆく

その汽車には たぶん
おまえが乗っているのだろう

でも
ぼくにはその汽車に乗ることができない

かなしみは
いつも外から
見送るものだ

(『寺山修司少女詩集』)


恋愛は、桃の実に似る。
甘く水気を含んだ桃の実の真ん中には、硬い種。齧っても、決して割れない。
ふわふわの産毛だって、時にちくちく刺してくる。
長い睫毛を伏せて、彼女が呟いた気がした。
「ほらね、結局は、ひとりでしょう?」



最初に戻って。
確かにこれは、ラブストーリーではなかった。
だが、トムは軟弱男ではない。
サマーもクソ女ではない。
痛みを味わって、きっと気づく。
これは、誰かではなく、自己についての物語。
あの人と向き合う前に、自分を顧みること。思い知ること。
そんな自分を認めること。

まぶたの奥で、季節がめぐっていく。


♪作品データ♪
『(500)日のサマー』
監督: マーク・ウェブ
出演: ジョセフ・ゴードン=レヴィット
    ズーイー・デシャネル 他
配給: 20世紀フォックス映画/2009/アメリカ
※TOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイントほか全国公開中
公式サイト
www.500summer.jp
   
 
 
    
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