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Vol.53 11月6日 『アンヴィル!夢を諦めきれない男たち』

夕方。
渋谷のスクランブル交差点。

「あ、ゴジラだ!」

巨大広告を、指さして叫ぶのは―。



© Ross Halfin/ANVIL! THE STORY OF ANVIL

スティーヴ・リップス。
1973年、カナダのトロントで結成されたヘヴィ・メタルバンド
「アンヴィル」のヴォーカリスト。ドラムのロブ・ライナーとは、
中学校で出会って以来、活動を共にしている。

22年ぶりの、再来日だった。

80年代は「パワーメタルの父」とうたわれた。
メタリカ、スレイヤー、ガンズ・アンド・ローゼズ。
多くのバンドが、アンヴィルに影響を受けたと語る。
初来日時、西武球場で競演したのは、ボン・ジョヴィだった。
皆、スターになっていった。彼らを除いて。

現在、リップスは地元の給食センター、
ロブは建設現場で働きながら生計を立てている。
それぞれに妻と子がいて、ローンの支払いも残っている。
ブレイクの兆しは、まだない。


© Brent J. Craig/ANVIL! THE STORY OF ANVIL

富と名声を以って成功とするならば。
それが大半の人たちにとって至難であることを、歳と共に悟るのが常だ。
挑戦して、現実を見て、別の道へ。
それは転換なのか、脱落なのか。

リップスとロブは、同じ道を追い続けた。気付けば50代になっていた。
擦り切れた革のライダースジャケット。
変わらぬロングヘアーと、薄くなってきた後頭部。
寝袋持参の欧州ツアー。客席4人のパブでの演奏。ギャラ代わりの夕食。
借金までしてレコーディングしたCD。
売込み先のレコード会社からの、同情と拒絶。

「なぜこんなにも観客が少ない中でプレイしているんだ?」
ライブで問われたリップスは、真面目な顔で応える。
「それを20年以上考え続けているんだ」

真っ直ぐさに胸打たれる。
だが、同時に思う。
生活は?家のローンは?彼らにとって、守るべきは自分の気持ちだけ?
時代に身を寄せず、我が道を行く。
ならば、手を携えて、誰と?


映画のサブタイトルは、「夢を諦めきれない男たち」。
諦めないのではなく、諦め“きれ”ない男たち。
そこに横たわる歳月。彼ら曰く「20年以上」。
傍に佇むのは、二人の家族。愛想を尽かしつつも、その手は離さない。

全力だった。そして周りも。

満員の球場で、客席4人のパブで。いつも、血眼で演奏していた。
息子とのバドミントン。子ども相手に加減はしなかった。
そんな調子だから。
ゴジラの広告に、「ゴジラだ!」と邪気なく叫ぶのは自然なことだった。

彼らは売れなかった。
では、彼らは間違えていたのか?

「誰でも歳を取る。腹が出て顔がたるみ、時間がなくなる。だから今やるしかない」

ああそうか。
彼らは売らなかったのだ。

へヴィ・メタルに明るくない私には、おこがましいけれど。
今日だけは、アンヴィルに甘えて。
胸ぐらをぐわりと掴むように、強く、近く、自分に問いたい。

魂は売らないって、決めたんだろ?


© Brent J. Craig/ANVIL! THE STORY OF ANVIL

♪作品データ♪
『アンヴィル!夢を諦めきれない男たち』
監督: サーシャ・ガバシ
出演: アンヴィル
ステーィヴ・“リップス”・クドロー
ロブ・ライナー
ジーファイヴ
アイヴァン・ハード
    ラーズ・ウルリッヒ(メタリカ)
    スラッシュ(元ガンズ・アンド・ローゼズ/ヴェルヴェット・リヴォルヴァー)
    トム・アラヤ(スライヤー)
   
配給: アップリンク/2009/アメリカ
※ TOHOシネマズ六本木ヒルズほかにて公開中
公式サイト
http://www.uplink.co.jp/anvil/
   
 
 
    
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