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Vol.47 11月16日 『大丈夫であるように −Cocco 終らない旅−』

ミュージシャン、Cocco。
1997年のデビューとともに、圧倒的な存在感で音楽シーンに躍り出る。
強烈な個性を放ち続けた4年間の後、突然の活動中止。
そして、2006年、活動再開。
以降、地元沖縄での「ゴミゼロ大作戦」開催、絵本の執筆など、
活躍は多岐に渡る。
 
 

『大丈夫であるように −Cocco 終らない旅−』


Cocco×是枝裕和監督による、2ヶ月間の旅の記録。

2007年11月21日。
デビュー10周年の節目に開催された全国ツアーから、旅は始まる。
行く先は、どこへでも。
米軍の普天間基地移設予定地、沖縄県辺野古。
核再生処理施設のある、青森県六ケ所村。
家族と過ごす、故郷での日常。

決して離れず、踏み込み過ぎず。
デジタルカメラは、静かに寄り添って彼女を捉える。
心地よい距離の波間で、いつしか記憶は遡る。

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2001年4月20日。
活動中止前、最後の出演となった『ミュージックステーション』の放送日。
当時、新入社員で現場研修中だった私は、番組のADとして働いていた。
スタジオの入口に貼る香盤表を、大きな文字で美しく書く。
「インクが薄い!こんな字じゃ読めねえよ!」
お弁当の数を、間違わないように発注する。
「お茶の数が足りねえだろ!」
日々、油性マジックとお弁当のことで頭がいっぱい。
それでも、徹夜明けで迎える本番当日は、朝から胸が躍った。

Coccoが、来る。

学生時代から大好きだった、憧れの人。
「Coccoは、ハンバーグ弁当が大好きだから」
事前に仕入れた大情報。目玉焼きが上に乗った、大きなお弁当だった。
「もしもし…」
今日こそは、完璧に発注しよう。

以前から、「テレビに出ることが苦手です」と言っていた。
この出演で、活動を休止すると伝えられていた。
当日まで、何度も打合せが行われた。
皆、彼女の歌を好きだった。彼女を好きだった。
 

当日の香盤表(東陽町スタジオにて)

本番。
タモリさんの優しい問いかけ。緊張が走るスタジオ。
歌が始まる。
裸足で歌う。
最後には、妖精みたいに軽やかに手を広げ、マイクを置いた。
そして、走り出す。

生放送は無事に終了した。
呆然とスタジオの隅に立ち尽くしたまま、ふと我に返る。
ここは職場だ。
感情を吐露する場所ではないし、何よりも仕事をせねばならない。
彼女は何かを残して、去った。

後日、スタッフルームに手紙が届いた。

ミュージックステーションスタッフの皆様。
司会のタモリ様。武内様。


A4用紙7枚に及ぶ、直筆のメッセージ。
そこには、「ありがとうもちゃんと言えなくてごめんなさい」と綴られていた。

もっと自由に
歌いたい時に
歌いたい歌を
ただ、歌うことができたら
それで良かったのだけれど
歌うこと以外の大きな波が
とても大きくなってしまって、
今、立っている場所から
走り出すことにしました。
こんなにもやさしい人達の手を
擦り抜けて、振り切って
一人で
走ることにしました。


一人で。

自分がスタッフの一員と呼べるかどうか、分からなかったが。
それでも何かが込み上げて、急いで手紙をコピーした。
思いを複写することへのためらいもあったが、我慢出来なかった。

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再び、2007年。
相変わらず、カメラを回す是枝監督の眼差しは温かい。

絶滅危機に瀕する二頭のジュゴンが現れた、ヘリポート移設予定地の大浦湾。
その丘で、彼女は言う。

映画『もののけ姫』のラストシーンが大嫌いだった。
主人公のアシタカと、もののけ姫・サンが佇む丘。
最後に二人は抱き合い、そして花が咲く。
自然を壊し続けた人間どもなのに。

真正面から、自然の脅威を知らしめるなら。
最後まで、全てをぶった切って欲しかった。
中途半端に希望をぶら下げるから、人間は安心してしまう。
最後には救われる。だから、大丈夫。

宮崎駿なんて、大嫌い。
でもね。
彼女は続ける。

自分の息子と一緒に、もう一度『もののけ姫』を観た時。
一番嫌いだったラストシーンが近付くにつれ、花が咲くことを強く望む自分がいた。
この子にとって、未来は明るいものであって欲しい。
闇をえぐるだけでなく、その先の光を追っていた。
知らぬ間に。

宮崎駿、ありがとう。
照れたように、彼女は笑った。


あの時、コピーした手紙に綴られていたように。
かつてCoccoは、一人で走ることにした。
そして、戻って来た。
傍には息子がいて、家族がいて、バンドメンバーがいて。
歌を聴きに来る、たくたんの人たちがいて。

向き合う。
我が身に引き受ける。
向かう。
時間も距離も飛び越えて。

そして問う。
何が出来る?
嘆く?目をそらす?評論する?分析する?

彼女は、歌う。
叫びよりも主張よりも、ずっと。
温かい旋律に、言葉をくるんで。

Coccoが、来た。
 

(C) 2008「大丈夫であるように」製作委員会

 
♪作品データ♪
『大丈夫であるように −Cocco 終らない旅−』
監督: 是枝裕和
出演: Cocco
    長田進
大村達身高桑圭
    椎野恭一
堀江博久 他
配給: クロックワークス/2008/日本
※12/13(土)より、シネマライズ・ライズXほかにて全国順次ロードショー!
『大丈夫であるように −Cocco 終らない旅−』公式サイト
http://www.dai-job.jp/
   
 
 
    
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