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Vol.40 11月21日 『ペルセポリス』

今回ご紹介するのは、イランを舞台にした仏アニメーション。
本年度カンヌ映画祭のコンペティション部門で審査員賞を受賞し、
フランスでは100万人を超える観客動員数を記録した作品です。

『ペルセポリス』

誤解を恐れずに言うと。
最初は、イラン版の『ちびまる子ちゃん』かと思った。
主人公は少女・マルジ。
名前と同じく、おかっぱのヘアスタイルもどことなく似ている。


 

(C) 2007. 247 Films, France 3 Cinema. All rights reserved.

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原作は、在仏イラン人マルジャン・サトラピが自身の半生を描いた、
世界的ベストセラーの同名グラフィック・ノベル。
1970〜90年代のイランを舞台に、
どんな時もユーモアとロックを忘れないマルジの成長過程を、
シンプルなアニメーションで描く。

単色での線描写、小学生の女の子の日常という点でも共通している。
しかし、日本で暮らす「まる子」と、
1979年のイラン革命を経験する「マルジ」の世界は、あまりに違っていた。
ヴェール着用反対のデモに参加する母親。
イラン・イラク戦争の爆撃で犠牲になる友人。
各地で暴動が勃発する日常。

  

かたや、同時期の日本。ノスタルジックで平和な日々。

だが、思わずにはいられない。
似ている。
ちびまる子ちゃんに?
それ以上に、マルジが過ごした、若き日々のことだ。
 
ブルース・リーか、預言者になりたかった少女期。
留学先のウィーンで過ごしたティーンエイジャー期。
再び祖国に戻り、大学生となった青年期。

そこにあるのは、成長期の葛藤や焦り。
尖ったシニカルさや、フリルをあしらったかのようなトキメキ。

中でも惹かれたのは、マルジと祖母の関係だ。
 
「おばあちゃん、なぜいつも良い香りがするの?」
「毎朝、ジャスミンの花を摘んでブラジャーの中に入れているからだよ」


正義感に溢れ、毒舌家。折に触れて孫娘に贈る言葉の数々が、胸に沁みる。
「いつも毅然と、公明正大でいるんだよ」
一方で、久しぶりに再会した時には、
「大きくなったね。もうじき神様のタマタマに手が届くよ」
茶目っ気を忘れず、それでいて、
下着に花びらをそっと忍ばせるような女性としての知恵にも事欠かない。


気づいたら、自身の記憶も呼び起こされていた。

中学生の時に亡くなった、大好きだった祖母。
ジャスミンではなく、いつもお香の香りがした。背が高く、豪快で、情に厚かった。
幼い私に教えてくれたのは、夜中のラーメンや、お祭りでの金魚すくい。
「お母さんには内緒ね」と言いながら、最後には必ず、
「でも、お父さんとお母さんは大切にしてあげなさい」とつぶやいた。
「おばあちゃんの、あなたへのかわいがり方は異常よ」母は半ば呆れてよく言ったが、祖母はいつも、父や母のことを案じていた。
崩さなかったのは、信念だけでない。
入院先の病室で、祖母の頭はいつもセットされていた。
もう染めることも出来ず、少なくなった髪を、丁寧にひとつずつ巻いて。
亡くなる直前までベッドに置かれていた、ピンクのカーラー。
最後に覚えているのは、冷たい消毒液の匂い。
昏睡する前に、はっきりとこう言った。
「妹と喧嘩しないで、姉妹仲良くね」
 
時間と国境を越えて、思い出したこと。


そして、マルジ。
一人国を離れ、恋もした―(クスリもやった)―そして、失望した。
戦火を逃れた異国で孤独を経験し、帰国して、結婚して、離婚して。
焦り、怒り、戸惑い。
そんな彼女を諭す、祖母の言葉。

遠く離れた日本でも。
一人暮らしをして、結婚して。
同じく、焦り、怒り、戸惑う。
いつしか自分も歳を取り、小さな誰かに語りかける時が来るのだろうか。

この映画は、誰かを去った者への物語だ。
去られた者も、いずれは去り行く。
残ったのは、思いと匂い。
彼方イランの、おかっぱのマルジが教えてくれる。


♪作品データ♪
『ペルセポリス』
原作: マルジャン・サトラピ
    (『イランの少女マルジ』『マルジ、故郷に帰る』バジリコ刊)
監督: マルジャン・サトラピ、ヴァンサン・パロノー
声の出演: カトリーヌ・ドヌーヴ、キアラ・マストロヤンニ、
       ダニエル・ダリュー 他
配給: ロングライド/2007/フランス
※ 12月22日(土)より、シネマライズ他全国にて順次公開

『ペルセポリス』公式サイト
http://persepolis-movie.jp/

   
 
 
    
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