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Vol.34 12月26日 『ゆれる』


 「年末年始に、こんな作品はいかが?
  お正月映画、BEST5」

最近、雑誌でこのような見出しをよく目にします。
映画ライターの友人も、年末になると必ず「今年の映画BEST10」を決めています。「好き」「嫌い」こそあれ、映画に「良し」「悪し」は存在しないというのが、
友人の考え。
互いの感性が違うからこそ面白い。二人以上集まれば、プチ・プチ映画祭。

2006年。
私のBEST1は、この作品です。


 

(C)2006『ゆれる』製作委員会

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『ゆれる』

兄:早川 稔  故郷の山梨で、家業を継いでガソリンスタンドで働く。
          事なかれ主義の、温和な性格。
          独身。父親と二人暮し。

弟:早川 猛  上京し、写真家として活動している。
          派手で、自由奔放。
          独身。一人暮らし。
 

母の一周忌から、物語は始まる。
喪服は着ずに、革ジャン姿。
その上、遅れて帰郷した猛(オダギリジョー)に父は相変わらず厳しかったが、
兄の稔(香川照之)だけは何かと気遣ってくれる。
翌日、猛と稔、そしてガソリンスタンドで働く幼馴染の智恵子(真木よう子)は渓谷へ向かった。
どうやら稔は、智恵子に思いを寄せている。
だが、智恵子は「一緒に東京に行きたい」という態度を猛に見せる。
そんな彼女をはぐらかし、風光明媚な景色へとカメラを向ける猛。
彼がふと吊り橋を見上げた時、橋の上にはもみ合う稔と智恵子がいた。
次の瞬間、そこには谷底に落ちた智恵子に混乱する稔の姿だけがあった。

事故か、事件か。足を滑らせたのか、突き落としたのか。
真意は、最後まで描かれない。
だが、内に秘めた兄弟の情があまりに生々しく抉られるため、虚実は霞んでしまう。
対照的な二人が互いに抱えた虚構と真実、嫉妬と羨望。
死を以ってあぶり出されたそれらの矛盾が、観る者へとまざまざと突きつけられる。

「お前の人生は素晴らしいよ。
自分にしか出来ない仕事して、いろんな人に会って、いい金稼いで。
俺見ろよ。
仕事は単調、女にはモテない、家に帰れば炊事洗濯に親父の講釈、
で、そのうえ人殺しちゃったって、何だよそれ」
 
拘置所で、人が変わったように兄は弟に言い捨てる。
裁判の証言台では「人生を賭けて兄貴を取り戻す」と語った猛。
だが、自身も徐々に追い詰められていく。_
彼が畏れているのは、順風満帆な自分の人生が変わってしまうこと。
兄と向き合うことへの拒絶を、無意識のうちに「兄を助けたい」という逆の感情に差し替えて自分を騙し、感情の均衡を保とうと足掻いている。

「お前は自分が人殺しの弟になるのが嫌なだけだろ?」

見抜いていたのは、兄だった。

吊り橋を渡った弟。渡れなかった兄。
二人の絆は、軋み、揺れ動くあの吊り橋だった。
同時に、絆は鎖でもある。生まれてから死ぬまで、兄は兄、弟は弟。
がんじがらめの、血のつながり。

印象的な場面がある。
渓谷に出かける前日。
法事の帰りに、兄弟はガソリンスタンドに寄った。
仕事に戻った兄を残して、勤務明けの智恵子を食事がてらに送った猛は、そのまま彼女のアパートに上がりこむ。 
「ねえ、猛君って、しいたけ大丈夫だったっけ?」 
台所から智恵子が問う。
シャワーを浴び、ベッドの脇に並んだ自分の写真集を見つけた猛は、応えることなく部屋を飛び出した。 
まな板の上に転がった、真二つに切られたトマト。
どろりと流れ出た赤い汁。膿のような黄色い種。
グロテスクで艶かしいそのさまは、男女の暗喩にも思えた。
猛は智恵子を、すぱりと切り捨てた。

そして、猛は、稔を。

7年後。
出所した稔は、国道沿いを歩いていた。
「兄ちゃん」
対面を走る猛。行き交う車に、声がかき消される。
「兄ちゃん」
バス停に佇む稔。バスが到着する直前になって、初めて弟に気付く。
数秒間の眼差し。
放したのか、赦したのか。
悟っているのか、笑っているのか。

吊り橋のロープは、トマトのように切れない。
揺れに揺られ、朽ちて、途切れそうになっても。
それでも、確かに架かっている。命綱にしがみつくように。

♪作品データ♪
『ゆれる』
監督/原案/脚本: 西川美和
出演: オダギリジョー、香川照之、伊武雅刀、真木よう子、蟹江敬三、
         木村祐一、田口トモロヲ、ピエール瀧
配給: シネカノン/2006/日本
※渋谷アミューズCQN、新宿武蔵野館ほか全国にて上映
※2007年2月23日、DVD発売
『ゆれる』公式サイト
http://www.yureru.com/top.html
   
 
 
    
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