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Vol.28 12月5日 『ティム・バートンのコープス ブライド』

母と二人で映画館。
実は、生まれて初めてのことでした。
平日の昼間ということもあって、館内は閑散としています。ポップコーンの匂いが立ち込める売店で、「パンフレット一部下さい」。座席に戻って母にも勧めたのですが、どういうわけか見ようとはしません。
 「少しでも内容を知ってしまうと、必要以上に想像を巡らせてしまうの」
ふうん、そうなんだ。私なんて、手元にパンフレットがないと何だか落ち着かないのに。
 「だって、ほら…」と、表紙を指差します。
 「お人形さんなのに、この表情…」
 見ると確かに、悲しそうに見つめ合う男女のパペットが手をつないでいました。
肩の落ちたタキシードと、ぼろぼろのウェディングドレス。
どうやらこの二人、おどろおどろしい満月の夜に、結婚するようです。

『ティム・バートンのコープス ブライド』

花嫁と、花婿と、死体の花嫁。
現世と来世の狭間で織り成す三角関係を描いたストップモーション・アニメ(人形を少しずつ動かした映像を連続再生させたアニメーション)です。
親同士の政略結婚に戸惑いながらも、お互いに惹かれ合った二人。ところが、森の中で一人誓いの言葉の練習をしていた花婿が指輪をはめた枯れ枝―それは、地中で花婿を待ち続けていた“コープス ブライド(死体の花嫁)”の朽ちた薬指でした―。
「彼を愛しているの。だから、この世に戻ってきて」と、花嫁。
「でも、私も彼を愛しているの。だから、行かないで」と、死体の花嫁。
二人の間で揺れる花婿は、現世に戻るのでしょうか、それとも…。


男性一人に女性二人の恋愛関係。三者三様に純粋な故、皆に幸せになって欲しいと願わずにはいられないのですが、多くの三角関係においてそうであるように、各々がハッピーエンドを迎えることはとても難しい。
二人の花嫁のうち、最後にはどちらかが身を引くのでしょうか。
物語を追ううちに、私は灰暗いスクリーンの前で悶々と自問自答を繰り返していました。

「愛する人とつないだ手を、自分から離すことなんて出来るだろうか」

例えば、お腹が空いてたまらない時。目の前で、焼きたてのパンが美味しそうに湯気を立てているとします。思わず手を伸ばした時に、ふと、あることを思いつく。
大好きなあの人は、パンが好きだったな。
そう思って、ポケットにそっとしまう。
その時、自分以外の誰かのことを、確かに思っています。

―とは言っても、日々の生活おいては、何かを「手に入れる」ことを多く望んでいる気がします。
あれが食べたい。これが欲しい。あの場所に行きたい。
人は皆、自分の気持ちに忠実です。誰もが幸せになりたいと願っています。
でも、幸せとは何だろうか。
もし、好きな人の手を自分から離すことで、相手が幸せになるのなら…。
私には、そんな勇気と優しさはあるのだろうか。 
そう思えば思うほど、胸が締め付けられました。

鑑賞後、母は私に何も言いませんでした。
映画館のエレベーターを降りて、二人で黙々と地下街を歩く。
もしかしたら、母にはあまり響かなかったのかもしれない。
そう思いながらも、気持ちを整理することで精一杯でした。

「今まで生きてきて、心から『君のために』って思ったこと、あるかなぁ…」

駅の券売機の前で、私がやっと口を開くことが出来た時。
母は、静かにこう言ったのです。
 
「身を引くってね、実は自由になることなのよ」

握った手を離すことは、譲ること?
失うこと?
それとも。

帰りの電車に揺られながら。
車両に差し込んだ透き通った西日が、花嫁の長い長いベールにも見えました。


母の言葉を理解するのは、まだまだ先かな…。

♪作品データ♪
『ティム・バートンのコープス ブライド』
『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』から12年。ティム・バートンのストップモーション・アニメの最新作です。主人公の声を担当したのは、『チャーリーとチョコレート工場』でのバートンとのコラボレーションが記憶に新しい個性派俳優、ジョニー・デップ。
 頭蓋骨に生息するおしゃべりなうじ虫や、死臭にエスプリを匂わせる、頭部だけのウエイター。グロテスクでシュールなバートンワールドは、今回も健在です。

監督:ティム・バートン、マイク・ジョンソン
製作総指揮:ジェフリー・オーバック、ジョー・ランフト
脚本:パメラ・ペトラー、キャロライン・トンプソン、ジョン・オーガスト
音楽:ダニー・エルフマン
声の出演:ジョニー・デップ、ヘレナ・ボナム=カーター、エミリー・ワトソン、
トレイシー・ウルマン、ポール・ホワイトハウス ほか
配給:2005/イギリス/カラー/東映
※公開中/丸の内ピカデリー2ほか全国松竹・東急系
『ティム・バートンのコープス ブライド』公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/corpsebride/

   
 
 
    
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