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Vol.20 10月15日 『スウィングガールズ』


音楽室は、昔からちょっと特別な場所だった。
水玉模様の防音壁に、額縁越しに睨みをきかせる歴代の偉大な音楽家たち。でも、どこがどう偉大なのかは正直分からなかった。カラスの群れのような、折り畳まれた真っ黒い譜面立て。埃をかぶったピアノ。
教科としての「音楽」はいささか退屈で、授業中に鑑賞したクラシックの名曲たちは、生徒たちよりも先生自身の心を揺さぶっていたように思う。
だが、掃除当番で訪れた放課後の音楽室は違った。
ブラスバンド部が所有するパーカッションを打ち鳴らし、でたらめなピアノを奏で、バチを指揮棒にして即興のバンドが結成されたものだった。


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舞台は東北の片田舎の高校。夏休みの補習をサボる口実でビッグバンド(16〜17人編成のジャズスタイル)に参加した女子生徒たちが、いつしかジャズの魅力に引き込まれ、ついにはバンド結成にまで至る。楽器はないし、お金も練習場所ない、でもやる気だけはありすぎる彼女たちが、周囲の大人たちを巻き込みながらアルバイトに練習に奔走する。

「プヒー」や「ププー」では、当然成り立たない。
彼女たちの演奏の完成度も、正直なところ、特筆すべきものではない。
かといって、団結力だとか、目的に向かって努力する姿を讃美したいわけでもない。
どこが素敵かって、その無防備さと、破天荒さなのだ。

だって、そもそも楽器は高価だ。
大枚をはたいて始めたとしても、長続きするかどうか分からない。
練習する時間はあるか、場所はあるか、なるべく近場がいいな。
そんなことを考えている時点で、あきらめを現実にすり替えて、行動にブレーキをかけている。

箸が転んでもおかしい年頃がある。日常のたわいもないことでもおかしく感じる、いわゆる思春期の女の子たち。
きらきら笑って、即物的で、無邪気で、かわいくて、ずるがしこい。
あ、素敵。あ、やってみたい。あ、かっこいい。あ、おいしそう。
ジャズ?
いいじゃん!

 「シング・シング・シング」(1936年/作曲:ルイ・プリマ)
 「ムーンライト・セレナーデ」(1939年/作曲:グレン・ミラー)
 「A列車で行こう」(1941年/作曲:ビリー・ストレイホーン) 

音楽室で密かに練習を重ねる彼女たちがジャズのリズムを発見するきっかけとなったのは、信号機から聞こえてくる「故郷の空」のメロディだった。
ヒントは、案外あちらこちらに散らばっている。
 それらを鮮やかに見つけ出してしまうのは、上履きでリズムを取りながら、音楽室でほっぺたを膨らませている彼女たちなのだ。
 
「ジャズやるべ♪」とは、この映画のコピーだ。
試写の帰り道、楽器店で楽器を覗くことはなかったが、レコード店にふらりと寄って思わずCDを購入した。
やっぱり、音楽っていい。

■作品データ/『 スウィングガールズ』
監督・脚本:矢口史靖
出演:上野樹里、貫地谷しほり、平岡祐太、竹中直人、白石美帆、
    小日向文世、渡辺えり子、谷啓、他

配給:シネカノン/2004年/日本/141分

※9/11(土)より全国東宝洋画系でロードショー

『スウィングガールズ』公式HP:

http://www.swinggirls.jp/index.html

いつにも増して、音楽ばかり聴いています。
 先日、活動休止中のデュオ「ホフディラン」の小宮山雄飛さんの歌を聴く機会がありました。「欲望」という曲です。やさしい気持ちになって、不覚にもだあだあ涙が出ました。
 実は私、今までは「欲望」という言葉に対して、何となくマイナスの感情を抱いていたんです。「希望」は、とってもクリーンなイメージなのに。
 ほしがる気持ちと、望む気持ち。
 同じであり、表裏一体でもあり、二律背反している気も、します。

   
 
 
    
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