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Vol.18 7月12日 『69』


1969年。
人類が初めて月面に着陸し、世界中でフラワーチルドレンと呼ばれるロックとマリファナの紫煙に包まれた若者たちが、ベトナム戦争にラブ&ピースで反対していた。
 日本は、高度経済成長期の真っ只中。学生たちはヘルメットと角材で武装し、東大安田講堂の攻防に代表されるような、機動隊との衝突を繰り返していた。
その一方では、お色気番組『11PM』が高視聴率を記録し、『平凡パンチ』は創刊と共に若者たちのバイブルと化す。歌謡界では、奥村チヨの『恋の奴隷』が大ヒット。

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長崎県佐世保市。
高校生の矢崎剣介(ケン)はいつものように掃除をサボり、仲間の山田正(アダマ)たちと屋上から女子のマスゲームの練習を眺めている。
「何かを強制される集団は醜い…」 
「そうだ!女子の弾力ある肌は波打ち際を黄色い声を上げながら走るためにあるのだ!彼女たちを解放しよう!」
コーヒー牛乳の瓶を片手に、妄想は膨らむ。
高校一番のクールビューティー、憧れの松井和子(レディ・ジェーン)を主演女優に据えて映画を撮れば、監督兼主演男優として大手を振ってイチャイチャできるかもしれない!
 「よかやっか、バリ封もフェスティバルも、面白かけんやることやろ?」
そうしてケンたちは「学校の屋上をバリケード封鎖する」作戦と、映画と演劇とロックが一体となったフェスティバルの開催を目論むのだった。

あまりに面白かったので、『69』の完成会見にも行ってしまいました。
主演のお二人の掛け合いが、作中さながら、絶妙でして…。

「この映画の魅力は?」との問いに対しては。

「観たら分かるっ!!」(妻夫木さん)
「うーん、観るなとも言えないし…ぼそぼそ」(安藤さん)

ひまわりと月見草、のような。
メジャーコードとマイナーコードが織り成す旋律、のような。
あ、個人的には、マイナーコードの悲しい歌って大好きです。

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1995年。
阪神・淡路大震災で多数の犠牲者が続出、またオウム真理教による地下鉄サリン事件が日本中を震撼させた。世界ではWindows95が発売され、日本人初の大リーガー、野茂英雄がLAドジャースに入団した。安室奈美恵のミリオンヒット、まだつんくが『シャ乱Q』のメンバーだった頃。映画では『マディソン郡の橋』、本では松本人志の『遺書』が大ヒットした。ちょうどこのあたりから、コギャルが渋谷の街を闊歩し始める。

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神奈川県川崎市。
私が高校時代を過ごした寮は山の上にあった。いつものように、放課後は駅前まで30分かけて下山し、ドラッグストアで新商品のシャンプー、ソックタッチ(ルーズソックスがずり落ちないための液体くつした止め)などを買い求め、パン屋さんで明日の昼食用のサンドイッチを調達し、夕食に間に合うように急いで帰寮する。  
ひざ上15cmのプリーツスカートをひらひらさせて、レジの袋を揺らしながら、たくましく山道を行く。 

「『愛人(ラマン)』、借りてきたよ!」

寮ではテレビが禁止されていたので、週末の夜中になると、皆でロビーに集まってこっそりレンタルビデオを鑑賞した。
翌日、朝食の席で。
「昨日の夜、大変卑猥な映画を観ていらっしゃった方々がいるようで…私は、寮監として大変嘆かわしいです…」
音量を絞ったつもりが、ラブシーンはちゃんと聞こえていたらしい。声を詰まらせた寮監の先生に、確かに規約違反をしている私たちは黙って下を向くしかなかった。

定期テストが終わると、解放された私たちはよく宅配ピザを頼んだ。
 「えーっと、チーズはダブルで、ハーフ&ハーフでお願いします」
学校関係者以外(しかも若い男性)が寮に来ることなんてまずなかったから、30分後の呼び鈴を、私たちは胸をときめかせながら待ちわびた。
「今日の人、あんまりかっこよくなかったねぇ」
「コーラ、おまけしてくれなかったね…」

そんな日々である。
特別なことは起こらない。
学食でラーメンをすすりながら、自宅通学生のカレシの話を興味津々に聞く。
 
日本の行く末よりも、自分たちの進路が。
新聞の一面よりも、テレビ欄が。

でも、決まって眠る前に不安になった。
私はこれからどうしよう。どうなるのだろう。
大学は?就職は?
行き方を彼方に見据えようとしながら、生き方を模索していた。
でも、生きることに必死なのは、卒業して、就職した今だってそう。

先日、新聞記事のスクラップブックが3冊目になった。
切り貼りに用いる「スティックのり」が一瞬「ソックタッチ」に見えてしまって、胸の奥がきゅうっと伸びをする。

今、どこで、何をして、何を思うか。
その時代に生きていたことを実感したのは、二度と戻れない今になってからのことだ。

■作品データ/『69 sixty nine』
監督:李相日
原作:村上龍
脚本:宮藤官九郎
出演:妻夫木聡、安藤政信、金井勇太、水川あさみ、井川遥、村上淳、
    原日出子、岸辺一徳、柴田恭兵

配給:東映

※7/10(土)全国東映系でロードショー

『69 sixty nine』公式HP:

http://www.69movie.jp/
   
 
 
    
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