- 170cm
- 福岡県福岡市
- 日本女子大学附属高等学校→
日本女子大学 - 2001年4月1日
- 蠍座
「おー、こっち、こっち」
国道沿いに連なる仮設住宅の軒から、懐かしい顔がのぞく。
仙台市宮城野区。
東日本大震災後の取材でお世話になった赤間憲さん(72)を、約2年ぶりに訪ねた。
奥さんを津波で亡くしてから、この場所で一人暮らしをしている。
「お邪魔します」
「まあまあ、上がって」
かつては暑い盛りで、仙台七夕まつりをご一緒した。
出掛けに、奥さんの写真を腹巻きに忍ばせていたこと。
当時は分刻みの日程で、用意して下さった冷や麦を頂けなかったこと。
手製の仏壇は既成品に変わり、目の前には白いりんどうが手向けられていた。
「お花、綺麗でしょう?」
手を合わせている間に、ドリップコーヒーの香りが漂ってくる。
「あ、メロンもあったな。ちょっと待ってな」
結局、大振りのメロンと、朝食用のヨーグルトまでご馳走になってしまう。
優勝を争う、楽天イーグルスについて。
近く予定されている、ご近所さんとの鬼怒川温泉旅行について。
話は尽きないようで、尽きていた。
核心には触れず、どこか遠回り。
「どんどんおかわりしてよ。あ、それと…」赤間さんが続ける。
「そうそう、お母さんね、まだ一回も夢に出て来ねえんだ」
皿の上のメロンように、静かに笑う。
「忘れそうになったら、出てきてくれるかなぁ」
「あ、この畳ね、自分で敷いたの」
やにわに床がとんとん鳴って、慌てて顔を上げる。
「ほとんど手作り。昔、溶接工だったからなあ」
―それも、あれも?
破られた沈黙は、皿と共に流し台へ運ばれる。
―これも、どれも。
玄関を開けると、銀色の自転車。
自家製の荷台を熱心に説明する足元で、りんどうが雲のように揺れている。