- 170cm
- 福岡県福岡市
- 日本女子大学附属高等学校→
日本女子大学 - 2001年4月1日
- 蠍座
「すみません、失敗しました…」
注文したカフェ・ラテを受け取ろうとすると、
申し訳なさそうに、バリスタのお兄さんが言った。
「ラテ・アート、ハートのつもりだったのですが…」
エスプレッソなどの表面に描かれる、ラテ・アート。
フォームミルクを注ぐことで、カップにはハートやうさぎが浮かぶ。
散策がてらに立ち寄った新しいカフェは、住宅地の一角にあった。
さらに歩くと、多摩川の土手が見えてくる。
カップの中で泡立つカオス。
去年訪れた、インドのガンジス川を思い出す。
「あ…全然!」
豪快すぎるアートは、だんだん抽象画にも見えてくる。
「作り直します!」
「いえ、大丈夫です!」
カウンターの奥にいた先輩らしきバリスタが、「もっと、練習しないとね」
備え付けの蜂蜜をとろんと注ぐと、カップはますます混迷を深めた。
しまった、目の前で彼のアートを…。
「あ、ごめんなさい」
「や、こちらこそごめんなさい」
なぜか、ふんわりと時間が満ちる。
失敗、かあ。
ソファに沈みながら考える。
煎りたての豆で淹れたカフェ・ラテは、すっきりと美味しい。
「今までの失敗談は、ありますか?」
時々、インタビューやアンケートで訊ねられることがある。
これがとても難しい。
くすっと笑えて、誰も傷つかない。
暗黙の範疇でのエピソードを求められていることは、分かるのだが…。
もちろん、プロである以上、嬉々として失敗を語るものではないし、
大抵の失敗は、胸の奥にひりひりとしまわれている。
失敗、ねえ。
二杯目を迷いながら、最近の出来事を思い出す。
田原総一朗さんから、
「カントとヘーゲル、どっちが正しい?」と問われ、
「その時代を生きていませんので、なかなか…」と返すと、
「僕だって生きていないよ!」と、さらに突っ込まれた。
キャリアを重ねるうちに、無知や失敗を恐れるようになる。
すみません、分かりません。
すみません、失敗しました。
潔く認めない限り、ふんわりはしない。
もっと、練習しないとね。