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7月23日 6度目の五輪 井村雅代の挑戦

 
アテネオリンピックで熱い闘いが期待される一つにシンクロナイズドスイミングがあります。チーム演技では宿敵ロシアに対し、どんな演技で闘うのでしょうか。
その演技が誕生してくる過程から、私、宮嶋泰子が密着取材を敢行しました。
<これは7月15日に報道ステーションで放送されたものですが、その概略をお伝えいたしましょう。>
 

コーチ暦30年。井村雅代コーチは5度のオリンピックでメダルをとりつづけてきました。
 
コーチ暦30年 井村雅代さんの大会用IDカード

シンクロが取り入れられた1984年のロサンゼルス五輪で、元好・木村組が銅メダルを獲得したのを皮切りに、それはシドニーの銀メダルまで続いています。

メダルを取りつづけてきた裏には、笑顔が常識だったシンクロに、1994年のローマ世界水泳で奥野史子選手に怒りを表す「夜叉」の表情で演技をさせたり、2000年シドニー五輪で力強いスピードのある空手を取り入れたり、更には2001年の福岡世界水泳でこれまでにないコミカルなパントマイムをテーマにするなど、常に新しいことにトライするチャレンジ精神がありました。
 
世界水泳福岡優勝 武田・立花両選手  

井村コーチは断言します。
「やっぱりアテネは勝負。私にとっての集大成だと思っているから。」

集大成のオリンピック。一体どんなことに挑戦するのでしょうか。
 
6度目の五輪 井村雅代の挑戦

宮嶋:「欧米の選手に比べて手足が短い日本選手が、オリンピックのシンクロナイズドスイミングでメダルを取りつづけている裏には、実は大きな発想の転換がありました。」

今年4月にアテネで行われたオリンピック予選。
日本は、フリールーティーンでは、オリンピック用の「サムライ・イン・アテネ」を披露。オリンピックで勝負をかけるために、本番用のテクニカルルーティーンを隠してこの大会に臨んでいました。
 

ロシアのコーチも日本の演技をじっと見つめていました。
 
  ロシア・ポクロフスカヤコーチ

そしてシドニーオリンピックの覇者ロシアは、長く美しい手と脚を存分に生かした
しなやかな演技を展開。貫禄でこの予選会での優勝を決めました。
 

試合後の記者会見で、オリンピックについて聞かれた井村コーチは即答します。
「もちろんロシアとの闘いになると思います。」
それを聞いたロシアのポクロフスカヤコーチも「もちろん」と笑顔で答え、会場はエールを交換する二人の指導者の熱き思いにとてもいい雰囲気になりました。

ロシアのポクロフスカヤコーチは井村コーチについてこうコメントしてくれました。
「井村コーチからは常に何か学ぶことがありますね。彼女がどれほど真剣に取り組み、シンクロに自分をささげてきたかわかっていますから。」
きっとコーチ同士、通じ合うものがあるのでしょう。
 

長く細く美しい脚を持つ外国選手と闘うためには、日本選手にどんなシンクロをさせるべきか、井村コーチには独自の考えがありました。

「短いものは短いと認める。だけど脚の先まで真剣に神経が行き届いた小技ができる。そして、ばてない。短い分だけばてない。美しいロシア人に美しさで競わないで、がんがん持久力をつけてパワフルなばてないシンクロをしてやろうって。」
 

パワフルさとスタミナを見せつけるシンクロはシドニーオリンピックから登場し、スポーツシンクロと呼ばれるようになりました。
演技の後半になってもダイナミックに動きつづける腕と脚で、日本はチームとして初めての銀メダルを獲得したのです。
更に、去年のバルセロナ世界水泳では、正確な技術とパワーのある動きが、ロシアの美しさを上回り、テクニカルルーティーンで初めて1位となったのです。
 
‘03 バルセロナ世界水泳 チームテクニカル 1位

去年8月、井村コーチの姿は、四国の徳島にありました。
アテネオリンピック用の演技を何にするか、そのテーマ選びの参考に、ぜひ阿波踊りを
見てみたいと思い立ったからです。同行したのは、この10年間、ナショナルチームの曲作りを担当してきた大沢みずほさんです。
 

あふれるエネルギーとパワー
踊りの中にはシンクロのフォーメーションに似たものもあり、これには井村コーチも驚いたようです。
 

「すごい楽しかった。すごいですね。こんだけ満足させな。ちゃうか」

踊るもの見るも全てが一体となるそのエネルギーをぜひチームテクニカルに使いたい、井村コーチの心も踊っていました。
 

阿波踊りのリズムにメロディーをつけて、3分間のテクニカルルーティーンの曲が作られ、11月、いよいよアテネへのトレーニングが開始されました。
定められた規定要素がこの曲に振付けられ、選手たちは水中で阿波踊りのリズム刻みます。
 

この阿波踊りの演技を使って、オリンピック出場選手の選考が行われることになったのです。それにしても、水中で両腕を上げたまま、踊りつづけるこの演技、本当に大変なようです。思わず武田美保選手からこんなつぶやきが・・・
「しんどすぎて笑いが出るわ」

選手たちに話を聞いてみると・・・
立花美哉選手:「のりのりで行くのが伝わってきて。」
巽樹理選手:「結構今までにないくらいハードで」
武田美保選手「やばいです。」

水中での練習と同時に、阿波踊りのための勢いとキレのある動きができるようにと、パワーアップトレーニングも開始されました。
 

代表選手9人が選ばれると、チーム演技のフォーメーション作りが本格的に始まりました。
オリンピック本番は屋外のプールで行われます。
少しでも同じ条件で、演技の振り付けをしていきたいと、日本チームはグアムへ移動します。
 

動きのパターン作りが始まり、試行錯誤が繰り返されます。
井村:「見えん」
武田:「真下からはあがってきてないんですけれど」
井村:「ああ逆なんや、そうなんや。」
 

風や波の強い屋外プールでの試合となれば、これまで以上にダイナミックな動きが要求されていきます。
 

プールでの練習は一日10時間にも及びます。世界一長く水の中にいる女性たちかもかもしれません。
「意識不明になったらあかんで。容子もしっかりしなさいよ。嫌になるんじゃないの。」
 

水からあがった後は、お互いが本音をぶつけ合って話し合います。一番苦しい時期。オリンピックの度にやってくる、乗り越えなくてはいけない大切な時期です。
 

練習のあとの食事は本当は一番楽しい時間のはずですが・・そうも言っていられないようです。
宮嶋:「ハンバーグは?」
武田:「二つ食べました。」
一日の練習でなんと体重は1.7キロ減ってしまうそうです。
井村:「明日の朝までに元に戻そうと。これも仕事です。」
 

宮嶋:「一番のここが勝負どころだというのはなんなんですか?」
井村:「最後の課題のケーデンスアクション。」
 

ケーデンスアクションとは、ドミノたおしのように、同じ動作を一人一人が行うもので、テクニカルルーティーンには必ず入れなくてはならない課題の一つです。チームの見所として各国とも様々な工夫を凝らして来るパートです
 
Cadence Action

勝負をかけるという日本のケーデンスアクション。
日本人の小さな体だからこそできる速くて激しい動きとは一体どんなものなのでしょうか。
 

井村:「あかん」
 

宮嶋:「ごめんなさい。外国チームに真似されてはいけないということで、本番直前までこの演技はお見せすることができません。
ただ言えることは、去年バルセロナの世界水泳で初めてテクニカル1位となった時に会場をアット言わせたあのアクションを更に、更に進化させたものであることだけは確かです。」
 
‘03バルセロナ世界水泳 日本チーム

井村:「チームテクニカルを秘密にして秘密にして、本番のアテネでぶつけることはスリルあるじゃないですか、勝負をかけるということは勝ちに行くわけですよ。」

ロシアのポクロフスカヤコーチはアテネ五輪についてこうコメントしました。
「勝つ自信のあるものなどいません。これは競技であり闘いです。
事前に結果がわかっていたら、誰がメダルのために涙を流すというわけ?」
 

くしくもポクロフスカヤコーチと井村コーチは同じ気持ちを話してくれたのです。
井村:「どういう展開になるかわからない試合はすべきだと思うね。わかっているような試合をしたらだめ。だからそれがオリンピックを楽しむということだと思う。」

邦楽の最高峰の方々によって、阿波踊りの曲が録音され、さらにパワーアップしたテクニカルルーティーン。後は仕上げをして、オリンピックに臨むだけです。
 

カメラ:佐藤俊輔、藤田貞則、佐々木玲子、宮嶋泰子 
音声:矢島嵩貴
編集:松本良雄
選曲:伊藤大輔
MA:濱田 豊
ディレクター宮嶋泰子

<取材編集後記>
長い間、シンクロの演技ができるきっかけになる部分を取材したいと思っていました。その願いがひょんなきっかけから実現しました。阿波踊りを見つめる井村コーチと大沢さんの表情は本当に新鮮でした。日本の伝統の祭りで世界を制覇する。この夢が実現する瞬間を是非見たいと今は思っています。

ここでご紹介した概略は、報道ステーションで7月15日に放送したものですが、コーナー視聴率が18%を超え、シンクロナイズドスイミングに対する視聴者の皆さんの関心の高さがわかりました。見てくださった皆さんありがとうございました。
そして最後になりますが、取材に協力してくださった方々に深くお礼を申し上げます。
さあ、後は、みんなでアテネ五輪を楽しみましょう!
宮嶋泰子

   
 
    
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