富川悠太

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ボイスサンプル
身長
175cm
出身地
愛知県名古屋市
出身校
都立国立高校→横浜国立大学
入社年月日
1999年4月1日
星座
乙女座

2015/11/13 ご報告です。

11月10日火曜日、大阪府立国際会議場で第63回民間放送全国大会が開催されまして、式典では、日本民間放送連盟賞と日本放送文化大賞の表彰が行われました。
その日本民間放送連盟賞のテレビ教養部門で、このコラムでも何度かご紹介させていただきましたが、2014年12月21日(日)に放送した「笑顔の約束~難病ALSを生きる~」が優秀賞を受賞しました。
みなさまが応援してくださったお陰です。
この場をお借りして御礼申し上げます。


写真は私を挟んで左から伊藤賢治プロデューサーと毛利哲也ディレクターです。

授賞理由としては、以下を挙げていただきました。

 富川睦美さんは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の6年間の闘病生活を笑顔で生き抜き、2014年8月に亡くなった。高校時代の親友たちは富川さんの約束に従って笑顔の葬儀を実現。番組も、「自分の闘病を通じてALSを世の中に伝えたい」という遺志を継いだ。
 ALSの治療や研究の最前線などの情報も盛り込みながら、困難に直面しても前を向いて生きることの大切さを伝えている。

 

改めましてご紹介させていだだきますと、富川睦美さんは私の従姉で、私が赤ちゃんの頃から可愛がってくれていました。いつも笑顔で、周りからは「むっちゃん」と呼ばれ愛されていました。

そんなむっちゃんがALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されたのは亡くなるわずか6年前のこと。
40歳という若さで発症し、最初は足がつったような感じから、その後左足が不自由になり、右足、左手、右手と次々と動かなくなっていきました。
ALSとは、重篤な筋肉の萎縮や筋力の低下をきたす神経変性疾患で、治療法はなく、平均的な寿命は発症後約3年と言われています。
進行も非常に早く、むっちゃんの身体はどんどん蝕まれていきました。

自分の命に限りがあることを知ったむっちゃんが「生きる意味」として捉えたのが、テレビを通じて世の中のみなさんに「ALSを知ってもらうこと」でした。
「少しでも多くの方に知ってもらえれば、研究者が増えるかもしれない。」
「研究者が増えれば治療法が見つかるかもしれない。」
「治療法が見つかれば、自分のように難病に苦しむ人がいなくなるに違いない。」
・・・そう思ったからです。

放送を通じてとても多くの方から励ましのお言葉をいただきました。
生前には、本人にそのすべてを伝えさせていただきました。
みなさんからの言葉を聞いたむっちゃんは、顔をくしゃくしゃにして「よかったぁ~」と笑顔を見せていました。

その笑顔を見られなくなって1年と3ヶ月。
栄誉ある賞をいただき何より嬉しいのは、また多くの方にALSを、そしてむっちゃんを知っていただける機会ができたことです。
むっちゃんも今度は天国で満面の笑みを浮かべていることでしょう。

まだまだ「ALS=治療できる病気」となるには時間がかかるかもしれません。
しかし、世界の研究者たちが、日々新薬の研究・開発を進め、原因究明に努めています。
そのため、いつか必ず、むっちゃんの夢見た「ALSが難病ではなくなる日」が実現するはずです。
どうかその日が少しでも早く訪れますように。

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